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「濡れない紙「和傘」“紙”一重の防水策」

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 今日の日本において、和傘を雨傘として日常使いされる貴婦人、ないし紳士の方を、まさしく日常の中でお目にかかる機会は、そう滅多になく、雨よけツールとしては、ビニールやポリエステル、スチールなどの人工素材で水をはじく洋傘が広く一般に普及している。また和傘といえば、伝統工芸品としての流通が主であり、和傘が伝来した平安時代の前後では、雨よけより、むしろ魔除けや権威の象徴として用いられ、雨傘として和傘が活躍し始めたのは江戸時代中期のことだった。和傘は和紙を加工することで雨具としての撥水機能を発揮するのに対し、洋傘のそれは人工素材に由来する。

 さて、今回が初めてとなる大学文具サークル連盟(ASLiC)の合同誌において、理科大文具研のテーマは和紙ということになった。和紙について部員と話すうちに、和傘はなぜ濡れないのか?紙の強度が高いからなのか?傘の骨の構造が特殊なのか?このような疑問を持つようになった。以上のような根本的疑問を解決するため、この合同誌では和紙に着目し、和傘の撥水機能について実験し調査していこうと思う。

 

1. 澱粉のり1,2

 でんぷんのりとは接着剤の一種で、自然から生まれた地球に優しいのりであり、タピオカの原料でもあるキャッサバやとうもろこしなどの植物からとれるでんぷんを主成分としている。これらの植物を煮て粘りを出すため、固まる前は水分を含んでいるが、徐々に水気が飛ぶことで硬化し接着できる。無機系、天然系、合成系接着剤のうち天然系に該当し、食物原料であることから安全性を評価され、幼稚園や小学校などでよく用いられている。

 

2. 柿渋3,4,5

・柿渋について

 柿渋は、最も渋い時期(8月頃)に収穫した青柿を圧搾し、1年から3年ほど発酵・熟成させて得られる。発酵後は褐色の液体になる。柿渋には揮発性有機酸由来の強い臭いがあり、バルサミコ酢の香りからワインの香りを除いたものに似ていると言われている。木 材に塗ると、1〜2週間後に臭いが消える。

 柿渋がさまざまな用途に使われるのは、柿の渋みである、カキタンニン(図1)というポリフェノールの一種が空気中で酸化して凝固しやすいからである。和傘をはじめとする生活道具は、昔は紙や木などの自然素材で作られていたため、摩耗や腐食を防ぐために柿渋が使われていた。

 大学に迷惑をかけないように、今回の実験では、濾過等の精製によって揮発性有機酸を取り除くことで臭いを無くした「無臭柿渋」を使用した。

 

図1. カキタンニン

 

・なぜ和傘に柿渋を用いるのか

 柿渋を紙や繊維製品に塗ると、塗布物の繊維質に吸収され不溶性物質をつくる。そのため強固になり、防水機能を持たせることができるが、撥水性はない。糊に混ぜたり紙どうしの貼り合わせに塗ったりと、接着剤としても利用される。防虫効果もあるため、地方によっては柱や屏風の保存用の袋に塗る。他にも防腐効果がある。

 和傘の製造過程で柿渋を用いるのは、以下の 2つの工程である。

 ① 骨に和紙を貼る工程。糊と柿渋を混ぜることで、糊の接着力と防水効果が向上すると考えられる。

 ② 亜麻仁油を引く前の工程での下地塗り。 上記の工程で柿渋を用いることで、防水性や耐久性の向上の効果があるとされている。

 

3. アマニ油6,7,8,9

・アマニ油とは
 近頃テレビCMでも見かけるようになったアマニ油は、アマ科一年草「アマ」の種子「アマニ」から作られており、「アマニ」に含まれる油分は 30~40%である。西洋では古くから食用に用いられ、健康機能の研究が進められている。

 アマニ油には、人間の身体の組織が正常に機能するうえで欠かせないオメガ3系脂肪酸のαリノレン酸が多く含まれているが、体内で作り出すことができないうえに、現代人に不足しがちな栄養素である。よって手軽にオメガ3系脂肪酸を摂取できる健康オイルとしても注目を集めている。

 また亜麻は、枕カバーやシーツとして用いられているリネンの原料でもあるため、世界的に生産されている作物であり、国別生産ランキング(表1)より、世界生産の7割をフランスが担っていることが分かる。

表1. 各国における亜麻の生産量

 

 

・和傘にアマニ油を塗る理由

 和傘の撥水加工の肝はこのアマニ油にある。油が塗ってあれば水を弾くということは想像に難くないが、重要なポイントとして乾性油であることがあげられる。乾性油とは空気中で酸化して固まる油のことであり、酸化しないものは不乾性油と呼ばれる。乾性油の「乾」という文字からは、一般に水分の蒸発が想起されるため、蒸発に伴い固まると考えてしまうが、乾性油の場合は酸化により固化が起こる。

よって、不乾性油では油が雨に流されて和紙がデロンデロンになってしまうため、乾性油であるアマニ油を和紙に塗ることで防水効果を得ることができる。ちなみにサラダ油は乾性油なので使えるが、オリーブオイルは不乾性油なので使えない。

 アマニ油は木製品の艶出しに使われるニスとしても用いられており、艶出しのためにも塗布をしている。

 戦前では和傘の上等品には必ず、えごま油である荏油(えあぶら)を使っていたが、高価であるため現在はほとんどがアマニ油を使っている(実際は、和紙に染み込みやすくするために鉱物油などを混合する)。荏油は建築で用いられるものであるため、アマニ油のように食用にはならない。

 

4. 漆10,11,12,13

・漆とは

 漆とは、ウルシの木の幹から採取した樹液 (生漆 ・きうるし) 、もしくはそれを精製したものを指す。塗料・接着剤としての役割を果たし、日本では縄文時代から漆の活用が確認されている。各時代を代表する建物や仏像、芸術品まで幅広く用いられ、今日に至るまで日本の生活と文化を支えてきた。

漆は樹液を塗料として使っているため、環境にも人体にもやさしい自然塗料であることから、環境に対応した塗料として注目されている。科学塗料には出せない独特の優雅さや、天然素材ならではの温もりがあり、使えば使うほど光沢が出てくるのも特徴の一つだ。また、漆はほかの塗料とは異なり、何回も塗り重ねたり、塗面を研ぎ出したりすることもできるため、工芸の表現に幅が出る。漆で塗ったものは修理したり、再生したりでき、何代にも渡って使えるだけでなく、新しいデザインに作り替えて楽しむこともできる。

 

・漆の化学的特徴

 日本・中国産の漆の主成分は、ウルシオール(図2)と呼ばれる粘度の高い淡黄色の液体で、水にはほぼ溶けない。高温多湿状態になると、このウルシオールに含まれるラッカーゼという酵素が活性化し、空気中の水分から酸素を取り込む。ウルシオールとの酸化反応によって、網目構造の巨大な分子を構成し、外見上では液体から個体へと変化する。これが漆の乾燥である。

 漆は乾燥すると酸・アルカリ・アルコールなどの薬品や高熱にも耐える特性を発揮する。また、耐久・耐水・防腐性に優れた極めて丈夫な塗料であることから、さまざまな形で工芸品や工業製品への利用がはかられている。

 

 

・漆と和傘

 漆は接着剤として使われるだけでなく、耐久性・耐水性にも優れた塗料である。雨風を凌げる和紙や、開閉を繰り返しても簡単には壊れないような骨組みを作るにあたって、漆は欠かせないものであるだろう。

 

5. 予測

・柿渋について

 柿渋は渋柿の未熟な果実を粉砕圧縮しそれを発酵熟成させて得られる抽出液。赤褐色半透明の液体でタンニンを多く含む。

 柿渋には防虫、防腐、防水効果などを有する。防虫、防腐はカキタニンの効果である。一方防水効果はタンニンのままでは認められず、柿渋の糖分が発酵することで防水効果を発揮する。

柿渋は化学物質を含まず天然素材のみでできているので人体には無害。

 

・問題

 柿渋を混ぜたでんぷんのりと混ぜていないでんぷんのりで作った和傘にはどのような変化が生じるか。

 

6. 予想

                         

という予想をした上で、以下の実験を行った。

 

7. 結果

・漆による違い

漆を表面に塗った部分→水をはじき、紙に染み込まない

塗らなかった部分  →水をはじかず、紙に浸透(図2)

 

 

 

図2

・柿渋によるでん粉糊の強度の違い

柿渋あり→水で濡らしてもはがれにくかった(図3)

柿渋なし→水で濡らすとかなりはがれた(図4)

 

 

 

 

 

 

図3 柿渋あり

 

 

 

 

 

 

 

図4 柿渋なし

8. 考察

 和紙単体ではほぼ耐水性を持たないが、亜麻仁油と漆を塗布することで和傘の材料として十分に耐えるだけの耐水性及び撥水性を発揮すると考えられる。

 のりと柿渋に関しても、柿渋を加えることによって水にさらされた状態でものりが接着力を維持できるようになると考えられる。

 以上の結果および考察を見ると、防水面では和紙全面に漆を塗っても問題ないように思われる。一方で実際の和傘制作の過程では骨部に塗るのみで、大部分の和紙は亜麻仁油のみの塗布となっている。これは、折りたたむ際に和紙部には柔軟性が求められるからだと考えられる。漆は乾燥させると樹脂化するため、和紙全面に塗ると硬化して折りたたみが困難となってしまう。骨に糊付けされておりより強化が必要な部分にのみ漆を塗って補強しているのだと考えられる。

 

9. 参考文献

(1) ヤマト株式会社. “ヤマト糊 チューブ”. 商品紹介, (参照2021-10-31).

https://www.yamato.co.jp/products/I00000113

(2) 武蔵野美術大学. “でんぷん糊”. MAU造形ファイル, (参照2021-10-31).

http://zokeifile.musabi.ac.jp/%E3%81%A7%E3%82%93%E3%81%B7%E3%82%93%E7%B3%8A/

(3) 株式会社三桝嘉七商店. “柿渋について”. (参照2021-10-31).

https://www.mimasu-kakishibu.com/page1.html

(4) 株式会社大杉型紙工業. “柿渋(かきしぶ)のご紹介と販売”. (参照2021-10-31).

https://www.osugi.co.jp/kakisibu.htm#usage

(5) 株式会社大杉型紙工業. “柿渋Q&A”. (参照2021-10-31).

https://www.osugi.co.jp/kakisibu/kakisibu-q%26a.html#Q&A-11

(6) 日清オイリオグループ株式会社. “日清アマニ油 フレッシュキープボトル”. 日清オイリオオンラインショップ, (参照2021-09-18).
https://shop.nisshin.oilliogroup.com/
(7) 地理データファイル. 帝国書院, 2020.

(8) 一般社団法人日本植物油協会. “竹と和紙と植物油が織りなす和傘の世界”. (参照2021-09-18).

https://www.oil.or.jp/trivia/wagasa.html

(9)株式会社ビズ・クリエイション. “亜麻仁油は天然の木材塗料!? メリット・デメリットや塗り方を解説”. Iemiru コラム vol.225, (参照2021-09-18).

https://www.ie-miru.jp/articles/225

(10) 香川県. “漆とは”. (参照2021-10-31).

https://www.pref.kagawa.lg.jp/shitsugei/sitsugei/history/urushi.html

(11) 藤井漆工芸株式会社. “漆の特徴”. (参照2021-10-31).

http://j-fujii.com/category/1226735.html

(12) 林野庁. “漆のはなし”. 農林水産省, (参照2021-10-31).

https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/urusi/

(13) 中川政七商店の読みもの. “漆とは。漆器とは。歴史と現在の姿”. 中川政七商店, (参照2021-10-31).

https://story.nakagawa-masashichi.jp/craft_post_category/lacquer

(14) 高畑 正幸. 文房具語辞典. 誠文堂新光社, 2020.

(15) セブンデイズウォー. あなたに教えたい5分でわかる文房具44のトリビア. ほるぷ出版, 2016.

 

10. 反省・編集後記

 今年初めに文具連盟(関東・関西の文具系大学サークル)において、オンラインで何かできるかということから、”みんなで合同誌を作ろう!” と始まったこの企画でした。いつになったらコロナ禍が収まるのか、以前のようなサークル活動が可能になるのかを考えつつ、オンラインの話し合いや部会を通して、少しずつではありますが、和紙についての実験を計画していきました。活動したい思いとは裏腹に、昨年度から続くコロナの状況はほとんど変わらず、さらに今年の夏は首都圏を中心に過去1番の感染状況である第5波が到来し、思うような活動をするのが難しい状況となっていました。

実際にやってみないと具体的に何が必要か、どのような感じになるのかなどの予想がつかず、大学から対面活動の許可が下りる前も後もトラブルがありました。幸いにも今年度は新入生が例年の2倍以上入部してくれたため、時間のない中ではありましたが、無事に合同誌を完成させることができました。限られた時間と状況のなかで、もっといいものを作れたのではないかという悔いが残りますが、次に生かしていきたいと思います。

今年度は大半の活動がオンラインであったので、このような状況が落ち着いたら文具研らしい活動を再開できることを願っています。最後になりますが、関西筆記道楽のみなさま、私たち文具研究同好会と共に本記事を作成していただきありがとうございました。また、文具連盟の他団体のみなさまもこのような機会をいただき感謝申し上げます。

文具研究同好会 及川

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